(3)再会半日ガイド体験記 (2004年6月の記録) ∬第3話 再会 横田さんの部屋に電話を入れてもらおうと、レセプションの前に着いたその時、レストランの方角から彼女が歩いてくるのが見えた。 8年振り、いやそれ以上だろうか。現役時代の私しか知らない彼女が、母親となった私の顔をすぐには見分けられないに違いない、少なくとも大いに驚くだろうと身構えていたのだが、彼女は実にさりげなく私の方に近づき、にこやかな微笑とともに私の名を呼んだ。 見晴らしの良いテラス席に腰掛けると、彼女は朝食もそこそこに本題に入った。 実はこのツアー、一般募集のツアーではなく、彼女が企画し、彼女自身の顧客を募って催行するオーガナイズ・ツアーである。過去にもイタリアをはじめ何カ国かに出掛けていて、一般募集もののツアーでは見られないような「特別企画」を目玉にしていた。 例えばそれは、貴族の館で食事をする、といったリッチな企画である。 もう何年も前から、「次ぎはトルコ」という話は聞いていたのだが、相次ぐ爆弾テロにマルマラ大地震、イラク戦争、そしてまた爆弾テロと、たび重なった阻害要因に実現のチャンスを奪われてきたのだった。 しかし彼女は、何年も前にした私の最初のアドバイスだけは、ちゃんと覚えていてくれたようだった。 トルコに行くなら、5月中旬から6月初旬がベストだということ。 あいにく、今年は随分と涼しい初夏となっていて、イスタンブールでは梅雨のようなハッキリしない天気が続いているそうだが、地中海、エーゲ海地方では寒くもなく暑すぎもしない気持ち良い天気に恵まれている。 その意味では、ツアーは順調に違いなかった。 しかし、問題は特別企画にあった。 コンスタントにトルコ・ツアーを催行している日本のある中堅旅行会社を通じて、彼女は「特別企画」ツアーを組んでもらったのだが、担当者に再三再四「特別なアレンジ」を依頼したにもかかわらず、出来上がったそれは一般募集ものとそっくり同じ行程で、同じレストラン、同じホテルが手配されていたのだという。 このままではいけないと、彼女は日本から持ってきた海外旅行用おにぎりを昨夜のうちから準備して、本日の昼食を和食ピクニックに変更することにしたのだという。 昨夜「まだ、する仕事がある」と言ってたのは、おにぎり作りと会社へのクレームのFAX書きだったのだ。 「特別企画がおにぎりだけだなんて、このままじゃ、あんまり情けなくて・・・。 今からスケジュールを変更できるところないかしら」と、彼女は日程表を私に差し出した。 ツアーはアンカラから始まって、カッパドキア、コンヤと移動し、すでに半分が終わったも同然だった。この後パムッカレ、エフェソス、イズミールと移動し、イスタンブールの観光が最後の〆となっていた。 「本当は行程から見てもらいたくて、何度も連絡してみたんだけど、今になってどうして通じなかったか分かったの。」 やはり彼女、一生懸命旧い電話番号に掛けていたのだった。 日程表を見てみれば、今更だが、いくらでもトルコらしい「特別企画」のチャンスはあった。 例えば、カッパドキア。早朝のバルーン体験。洞窟住居の訪問。一般家庭を訪問し、暮らし振りを覗かせてもらったり、お茶会に招かれるというのもいい。 ホテルも洞窟ホテルを手配すべきだったし、夕食だって、毎度お決まりのホテルのビュッフェでなく、その町ならではの個性あるレストランを手配してもよかったのだ。 しかし、今更何を言っても後の祭りだった。 (つづく) ∬第4話 苦肉の策 ジャンル別一覧
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